1980年に出版、1983年に文庫化された古い本です。
最近洞爺丸事故のことを知って興味が湧いたのですが
ネットにある情報は限られているので、図書館で借りて読みました。
1954年9月26日、台風の影響で青函連絡船洞爺丸が沈没し、
死者・行方不明者1,155名を出した未曽有の海難事故です。
ノンフィクション小説
筆者は新聞記者だったということで、長年の取材をもとにこの本を書いたそうです。
ルポルタージュの棚に置いてありましたが、小説寄りだと思います。
登場人物の心情は想像によるところがかなり大きいでしょう。
しかしどの描写もかなりリアルで、人々のパニックが伝わって来るようでした。
映画タイタニックを見ていたので船全体の映像はなんとなく思い浮かぶものの、
水が入り込んできたとか船が傾いたとかいうところはよくわかりませんでした。
筆者のせいではなく、わたしの知識不足です。
船の部分を表す用語がよくわからないため、情景がいまひとつ浮かびません。
想像を絶する状況になっていたのだろうと思います。
生死を分けたものは何か
洞爺丸が沈むという最大のネタバレがあるので
登場人物一人一人に「この人も死んじゃうのかな」と思いながら読むことになります。
しかし死んでいたら詳しい話は書けないはずなので、生き残るのだろうという思いもあります。
結果的に生き残る人も死んでしまう人もいるわけですが、
生死を分けるのは運でしかないのかなぁと思わされました。
洞爺丸と対照的なのが、青森で運転を見合わせていた羊蹄丸です。
乗客からのクレームに屈せずに出港を待ち、難を逃れました。
文句を言っていた人たちも洞爺丸の事故の知らせを聞いた途端、
手のひらを返して船長を褒めたたえます。
皮肉な話ですが、そうなるだろうなぁと思ってしまいます。
時代の流れ
洞爺丸事故の生存者は159名だったそうです。
事故で生き残った人たちも現在はほとんど亡くなっていることでしょう。
この本が書かれた時点ですでに26年が経過していて、
2016年現在では本が書かれた時点からさらに36年が経っています。
青函トンネルができて、北海道新幹線まで走り始めました。
連絡船しかなかった時代というととても昔の事故のように思いますが、
まだ62年しか経っていないのかという気もします。
マスコミについて思ったこと
ある新聞社の記者が洞爺丸事故の乗船名簿を持ち出してスクープとした話も載っています。
彼がしたのは、スクープか窃盗か、立場によって見方が変る、ぎりぎりの行為だった
と書いていますが、そりゃ窃盗だろうと思ってしまいます。
事故当時や執筆当時はいまほど個人情報に厳しくなかったのかもしれません。
マスコミのありかたもこの数十年で大きく変わったのでしょう。
台風の情報にしてもみんながNHKラジオにかじりついている様子が見てとれますが
現在では個人でもネットで台風の進路を見られる時代です。
台風の進路が正確に判っていたら絶対に船は出さなかったことでしょう。
本当に悲惨な事故だったと思います。
西塚十勝さんのこと
事故のことを調べていて、西塚十勝さんという人を知りました。
まさにこの洞爺丸のきっぷを持っていたものの、
宴会に行っていて乗れなかったという人です。
JRAの調教師だったそうで、1991年に引退、2006年に亡くなっています。
洞爺丸事故だけでなく、関東大震災や飛行機墜落事故も逃れたことがある
強運の持ち主としてテレビでも取り上げられたことがあるのだとか。
94歳のときに老衰で亡くなったそうで、こういう人もいるのだなぁと思いました。
なぜ沈んだかという原因
タイトルは「なぜ沈んだか」と書かれているものの、明確な答えがあるわけではありません。
洞爺丸に乗っていた国鉄の重役が船長に圧力をかけたという説もあったようですが、
難を逃れた乗客M氏の作り話だったと書かれています。
M氏は実名が出ているんですが、大丈夫なのでしょうか。
係員に文句を言うなど、かなりの悪役として書かれています。
M氏は新潟の企業の社長さんで、一等客室に乗っていたものの
なかなか出発しない洞爺丸にしびれを切らして無理やり下船したそうです。
洞爺丸の事故後、M氏が「国鉄の重役が圧力をかけたに違いない」という話をしたため
真実のように流布してしまったというのが真相なのだとか。
しかし、この本でも圧力をかけたとは言わないまでも、
船長がプレッシャーを感じて出港した可能性はあると書かれていました。
いまだったらネット上でいろんな説が飛び交い、国鉄叩きになるでしょう。
M氏みたいな人がネットで発言権を得たのが現代なのかなとも思いました。
洞爺丸事故を網羅する一冊
事故が事故だけにこの本を「面白かった」と言うのは不謹慎かもしれませんが、
とてもよくまとめられた本だと思います。
現在でもKindle版で読めます。
ネット上で見られる洞爺丸事故の話の全貌はこの本で網羅できるので、
洞爺丸事故に興味のある人はまず一読することをおすすめします。