1987年に刊行された本です。
北海道の開拓の歴史から戦争中のこと、連絡船廃止に至るまで
青函連絡船の歴史が詳しく書かれています。
洞爺丸事故
中でも洞爺丸事故に関する話には多くのページが割かれています。
筆者の坂本幸四郎さんは連絡船で通信士をしていたそうで、
洞爺丸事故のときには石狩丸に乗船していました。
石狩丸は函館港内にいて遭難を免れた船です。
洞爺丸の転覆地点のそばにいた第六真盛丸から
事故の知らせを受けたことが書かれています。
当時、函館桟橋も海上保安庁も停電やアンテナの不良で無線を送受信できず、
加えて複数の船がSOSを出していたため、
現場が混乱を極めている様子が伝わってきました。
洞爺丸乗客のエピソードに関しては
「洞爺丸はなぜ沈んだか」に載っていないものもあって興味深く読みました。
自衛隊員でさえ死にそうになりながら砂浜にたどり着いているので、
生き残った人は本当に幸運だったのでしょうね。
第六真盛丸が近くで座礁していたことも不幸中の幸いだったのでしょう。
第六真盛丸に助けられた生存者もいたそうです。
海難審判のようす
さらに海難審判の経過についても詳しく書かれています。
最終的に台風下で船を出した近藤船長の過失となりましたが、
国鉄側は台風15号があまりに特殊で想定できなかったと言います。
想定外の自然災害というのは最近でもよく言われることで
「国鉄が保身のために言ってたんでしょ?」と疑いたくなりますが、
気象台が記録を取り始めてから64年間で例のない台風だったそうです。
当時は日本海側に気象レーダーがなく、
正しい進路を追うのはほぼ不可能だったと言えるでしょう。
連絡船のことがよくわかる
洞爺丸事故以外にも、鉄道会社の変遷のことや
大戦中のエピソード、乗船員の階級に関することなど
とても詳しく書かれていて勉強になりました。
洞爺丸事故のことを詳しく知りたい人は
「洞爺丸はなぜ沈んだか」と併せて読むことをおすすめします。